2020年度 第1回勉強会

ベーシックインカム~労働と社会保障から考える~

海老原嗣生氏(株式会社ニッチモ代表取締役)


 6月12日、Web会議サービスであるZoomを用いて、「ベーシックインカム~労働と社会保障から考える~」というテーマのもと、株式会社ニッチモ代表取締役である海老原嗣生氏をお招きし、勉強会を開きました。社会保障に精通なさっている海老原氏の講演を聞き、またグループに分かれて討論することで、現在の社会保障にベーシックインカムがどのように影響を与えるかを考える機会になりました。

講師略歴


 上智大学経済学部を卒業後、大手メーカーを経て、リクルートエイブリック(現リクルートエージェント)に入社し、新規事業の企画・推進、人事制度設計等に携わる。 その後、リクルートワークス研究所にて雑誌Works編集長に就任。2008年にHRコンサルティング会社ニッチモを立ち上げる。雇用・キャリア・人事関連の書籍を30冊以上上梓し、「雇用のカリスマ」と呼ばれている。

ベーシックインカムは必要なのか


 私たちは、社会保障が自分たちにとってとても良いものだと思っている。しかし、出来事には必ず二面性があり、多くの人はマスコミによって報道されている一面だけを見て物事の善悪を判断する。そのため、私たちはまず身の回りのことを疑ってみることが重要である。ここから考えると、一見良策に見えるベーシックインカムにも疑うべき側面がある。労働しても年収200万に到達しないといわれるワーキングプアと呼ばれる人数は、日本国内では1200万人もいると言われているが、この9割は学生のアルバイトや主婦のパートである。そのため真の意味でワーキングプアであるという人は実際100万人を下回っているのだ。また、スティグマに関しても問題視されがちだ。生活保護をもらう際に、本当にその人が生活保護をもらう必要があるのかを判断する資力調査を行っているが、不正受給が増えていることから、資力調査は厳しくなっていき、正常の生活保護者は精神的なストレスを抱えている。さらに、世間的には社会的な烙印が押される。このスティグマに対してベーシックインカムを導入するのは有効である。しかし、社会保障費のうち、生活保護費はたったの3%である。また、生活保護費の内訳を見ると、ベーシックインカムでカバーできるのは、生活費のみであり、全体の1/3である。つまり、社会保障費の1%でしかベーシックインカムでカバーすることができない。この状態で、配っても意味をなさないのでないかと予想される。

現在の社会保障とベーシックインカム


 現在の年金制度の問題点として、少子高齢化に伴って高齢者を支える若者の数が減少し、若者が払う税金等、負担が大きくなる点が挙げられる。しかし、現在日本における一人当たりの出生率は上がりつつあり、40~50年すれば、若者の負担は軽くなっていくと見込まれる。それまでの期間は、積立金で補う形になっているのが現状であり、この問題点は改善の兆しが統計から見える。

 また、ベーシックインカムを導入するためには、年金以上に出さなければならない。ベーシックインカムが一律給付で配布される場合、ベーシックインカムで支給される金額が現在の生活保護や年金の金額を下回った場合、生活保護に足りない分その補填費用を払わねばならない。つまり、二度手間になってしまうのだ。その結果、より多くのスティグマが発生する恐れがある。また、生活保護の受給者は社会保障費の1%しか存在しないが、その1%の事務作業をなくすことより、全国民に生活保護と同額の金額を払うことにどれだけのコストメリットがあるのか疑問である。つまり、生活保護や年金を廃止するということは、ベーシックインカムによって同額を払われる必要がありなければならなく、その結果、スティグマはがさらに発生し、事務作業が増え残り、結局行政の手間を省くことができなくなる。

国家予算とベーシックインカム


 ベーシックインカムを導入した場合、年金や生活保護を含め、一人当たり15万円を配給し、国家予算として、200兆円を強いられる。この予算をどう賄うか。

 税収から考える。現在の消費税からの税収は約20兆円であるが、仮に消費税を4倍にしても物が買うことができなくなってしまう。また、所得税からの税収も同様に約20兆円である。現在、年収500万未満の人は13%、1000万の人は33%、1500万の人たちは43%所得税を納めている。そして、人口の割合を見ると、年収2000万以上は1%、1000万以上3%しか存在していない。よって、30%払っている人は全体の4%しかいない。税率をいくら上げても、納める人数が少ないため、国の歳入ではベーシックインカムを導入したところで賄えない。もし所得税を上げるなら、収入5~600万の人々、すなわち全体のおよそ8割から、今よりもかなり大きい税額を吸い取らなければならない。また、現在の制度で給与付き税額控除という制度が存在する。この制度は負の所得税と呼ばれ、一定の基準以上の人々からは徴収し、基準に満たない人たちに給付するというものである。結局、給与された人々はより税負担が大きくなるという矛盾を抱えている。実際に制度設計していくと何も上手くいかない。また、生活保護で7万もらっている人は全体の1/3である。つまり7万円給付しても、2/3の人たちは生活保護が残ってしまう。そして、今以上にスティグマは悪化し、行政の無駄は取り除かれないことが財源的にも理解でき、ベーシックインカムは無謀であると考えられる。

AIとベーシックインカム


 現在のAI技術は、国家型AIと呼ばれるものである。これは、物理的なものに弱く、1つのことしか対処することができない。あと20年経過すると、全脳アーキテクチャと呼ばれるAIが誕生すると言われている。これは、人間の脳みそを真似たようなものであり、ある程度限界がある。そして、100年後に全脳エミュレーションと呼ばれるAIが誕生するといわれている。これは人間の脳みそのスピードの100倍を持つものであり、これが発明されると、初めて人間の仕事が全てAIによって取って変えられる時代が来る。AIが全て考え、全ていい商品であるため、人々の購買意欲は上昇する。また、AIは無駄なく生産するため、安い値段で買うことができる。一方で、会社は儲かるが、人を必要としなくなり、会社だけが儲かる時代になる。その場合、人が生きていけなくなるため、政府は、多額の税金を課すことになる。企業から200兆程の税金をとることができるため、国民に一律50万を配ることができると言われている。この時代になって、ようやくベーシックインカムは可能性をもつ。現在、AIによってベーシックインカムを実現できると言われているが、現在の状況を考えると、到底無理であると気づくべきである。

質疑応答


Q1. ベーシックインカムは個人的に無理だと考えますが、現在の社会問題に生かせるベーシックインカムの要素や考えが、何かありますか。

A1. ベーシックインカムの要素は生かせることはないと考えます。しかし、スティグマを発生しないようにする、または給付のハードルを低くするためには、マイナンバーが有効策です。マイナンバーを用いて、税金や家庭の状況を把握することで、生活保護の敷居はかなり低くなっていくと想定できます。そのように小さいことであるが、こういったことが社会全体をよくしていくと考えています。

 

Q2. 新聞やニュースの情報が必ずしも正しくないとおっしゃっていましたが、何を信じたら良いのでしょうか。

A2.  会社に行っても平気で会社の間違っていることを上司は言う。結局、人は、自分の信じてることを言葉にする。だから、まず自分の周りに反論できるようなデータを持ち合わせていなかったかどうかを確認することが重要です。そして、自分の身近なことと照らし合わせて考えることが物事を見る上で大切です。

 

Q3. マイナンバーがそもそも現実に使用されていないと感じますが、どのような理由が考えられますか。

A3. その原因は、法整備が厳しいからです。新保的マスコミが、ファシズムに繋がると批判したのが背景にあります。現在の法律に、マイナンバーは社会保障、年金と災害にしか使用できないとはっきり明記されています。そして、使う対象も政令と条例で決められている。今回の10万円給付も海外であればすぐ実行に移せたが、日本では、マイナンバーで送られてきたものを職員が細かく確かめるという余分な作業があったため、遅れたと考えられます。日本もアメリカやドイツのように、銀行口座や世帯状況までマイナンバーで管理して、配ることを可能にすべきです。

 

所感


 ベーシックインカムの問題に限らず、情報の二面性、新聞やニュースに関する情報リテラシーの大切さを熱く講演して頂きました。私自身、この勉強会を聞く前に、ベーシックインカムに関しては漠然的に非現実で無謀であるという印象を持っていました。しかし、その根拠は本当に自分のイメージ内のものでしかなく、では何故?と聞かれた場合、財源が足りないからとしか答えられなかったです。今回の海老原様の講演を受け、ベーシックインカムが現在の日本制度に非現実的であるかの理由を多く手に入れました。マスコミは、ベーシックインカムによって行政の無駄がなくなる、スティグマが解消されると公言しているが、生活保護の実態や財源(特に税収)から見ても、そのことは嘘であると明確に理解できる。海老原様の多くの熱いメッセージ、私はもちろん、サークル員にも届いたと思います。

 

 今回ご講演していただいた海老原様、ありがとうございました。

 

文責 坂井克成