2016年度 第5回勉強会

移民政策と多文化共生

毛受敏浩氏(益財団法人日本国際交流センター 執行理事)


   10月28日、日吉キャンパスにて「人口減少時代の日本の選択~移民受け入れは是か非か~」というテーマのもと、毛受敏浩氏をお招きして勉強会を行いました。

講師略歴


 慶応大学法学部卒。米国エバグリーン州立大学行政管理大学院修士。兵庫県庁で10年間の勤務後、1988年より日本国際交流センターに勤務。多文化共生・移民政策、草の根の国際交流調査研究、二国間賢人会議、NGO、フィランソロピー活動など多様な事業に携わる。2003年よりチーフ・プログラム・オフィサー、2012年より現職。慶応大学、静岡文芸大学等で非常勤講師を歴任。現在、総務大臣賞自治体国際交流表彰選考委員、新宿区多文化共生まちづくり会議座長、未来を創る財団理事、日本NPOセンター理事。第一回国際交流・協力実践者全国会議委員長を務める。

人口減少のインパクト


 現在、日本の人口は毎年25万人ほど減少しています。今後、2020年には毎年60万人、2030年には毎年85万人、2040年には毎年100万人もの人が減少すると言われています。このように人口が急激に減少すると、様々な社会システムが変動するようになります。しかし、既に人口減少は大きなインパクトを与えているのです。現在、廃校となる公立小中学校は400校に上り、1992年~2008年の間に5796校が廃校になっています。

 

 また、多くのバスや鉄道路線が廃止されています。総人口は、2008年頃から減少していますが、生産年齢人口は1995年頃から減少しており、働く人々が減少したために交通網が縮小したと考えられます。このように、人口減少による問題は既に起きているのです。

少子高齢化


 人口減少に伴い、少子高齢化も深刻化しています。今後30年で、生産年齢人口は3分の2以下となり、高年齢者が増加していきます。毛受氏は、ある特別養護老人ホームのお話をしてくださいました。その老人ホームには80 人が入所しており、平均年齢は85歳を超えます。また、約半分の方が認知症であり、年間約10人の方が退所します。そのため、新たに受け入れることができるのは年間10人ほどですが、区の署長からは毎月100人の受け入れを要請されるという現状があるそうです。さらに、2035年には全国の自治体の5分の1以上が人口500万人未満になると言われており、自治体はどんどん衰退し、ゴーストタウン化していくと考えられます。

政府の対応:地方創生、高齢者・女性の活用


 このような問題に対する政策として、第二次安倍内閣は地方創生に力を入れています。地方創生を行うことにより、出生率の低い東京から出生率の高い地方への人口移動が起き、出生率の上昇と東京一極集中の是正が期待されています。しかし、地方創生を開始してからも、なお地方から東京への転入は増加しています。また、今年合計特殊出生率が1.46と上昇した要因は、地方創生の効果ではなく、高齢女性の人工授精が増えた結果であるため、地方創生は人口減少に歯止めをかける解決策にはならないと考えられます。

 

 また、政府は女性の活用と高齢者の活用で人口減少に伴う問題を解決しようと考えています。日本人女性の年齢別の労働力率をグラフで表すと、学校卒業後20歳代でピークに達し、その後、30歳代の出産・育児期に落ち込み、子育てが一段落した40歳代で再上昇し、アルファベットの「M」の形に似た曲線を描く傾向が見られます。政府は、この「M字型カーブ」の是正を目指していますが、すでに現時点で台形に近づいており、相当レベルの解決がなされているものと考えられます。高齢者の活用に関して、現在高齢男性の約29%、高齢女性の約13%が働いています。しかし、この数時はアメリカやヨーロッパに比べると高く、相当働く人が増えているものの限界があると考えられます。

 

 現在の人口を維持するためには合計特殊出生率が2.07必要ですが、現在1.42しかありません。政府は、国民の希望がすべてかなった場合出生率が1.8まで上昇すると考えています。しかし、この想定はほぼすべての男女が結婚し、子供を二人産むという前提の上に成り立っており、結婚していない人の多い今の社会では期待することは難しいと言えます。日本では、ワークライフバランスを変えれば出生率が変わると言われていますが、ワークライフバランスが整えられているドイツの出生率は低いという現状があります。出生率は経済的要素や個人の価値観、文化の総合的な結果であり、価値観に変化を与えるのは難しいと言えます。

移民政策の誤解と課題


 なぜ日本では、移民政策がタブー視されるのでしょうか。まず、移民に対するネガティブなイメージが挙げられます。日本では、移民を受け入れると犯罪率が増加する、日本人の職が奪われるというイメージが先行しています。しかし、来日外国人の検挙数は年々減少しており、日本に必要な分野に移民を受け入れるため職が奪われるという心配は必要ありません。これらのイメージは日本人の移民への理解不足であると言えます。

 

 2つ目に、対中関係の影響による中国人増加への懸念が挙げられます。東京在住の中国人は10年間で約2倍となり、年に1万人ずつ増加しています。統計によると、東京都民の100人に1人が中国人ということになります。3つ目に、日本的な同質性の維持への固執が挙げられます。日本は単一民族国家であり、日本的なアイデンティティーの喪失を懸念する声も少なくありません。

 

 最後に、人口減少に対する認識不足が挙げられます。人口が少なくても豊かな国は存在し、経済的な発展よりも心の豊かさを求めるという声もあります。しかし、現在日本人の平均年齢は46であり、高齢化すればするほどイノベーションは起きづらくなります。また、人口が減少すると一千億円を超える借金が返せなくなり、国が破綻するのではないかという懸念もあります。

 

 国の成長や現状を鑑みると、移民の受け入れを考えざるを得ません。しかし、政府は反対の多い移民受け入れの議論を避け、地方創生や女性・高齢者の活用で当面を乗り切ろうとしています。間近に迫る人口激減期への長中期的な戦略もないまま、問題の多い技能実習生制度の拡充を行うことを決定しました。就職先を変えられない、法令違反をする事業所が多く存在するなどの問題があり、「途上国への技術移転を建前として安い労働力(基本的に最低賃金で雇われる)を確保している」として国連やアメリカからの強い批判があります。

海外の移民政策


 これまで、国内の移民政策を見てきましたが、海外の移民政策はどうなっているのでしょうか。

 

  韓国では、2013年には人口の3.1%が移民となり、日本よりも移民政策が進んでいる国と言えます。1990年後半から日本の外国人研修・技能実習制度を取り入れましたが、人権侵害や非正規滞在者が激増したことから、2004年には雇用許可制度を開始し、2007年には研修制度を廃止して在韓外国人処遇基本法を制定し、移民の人権の擁護を謳うとともに、5月20日を「世界人」の日と定め、韓国人に対する意識啓発を図っています。

 

 ドイツでは、1970年代にトルコ系の労働者の定住が始まりました。2004年には移民法が設立され、2007年のドイツ滞在法の改正では語学学習が義務化されました。ドイツと日本を比べると、日本の語学学校の予算はたった2億円であり、移民が日本で暮らしていくことを想定していないことが分かります。2013年には、ドイツは44万人の移民を受け入れ、米国に次ぐ移民受け入れ大国となっています。

 

 シンガポールは、出生率1.2と日本よりも低い現状がありながら、2030年には最大で人口の30%増大を予測しています。また、一人当たりの個人所得は日本よりも高い現状があります。日本は、単一民族国家であり同質性を高めることで生産性を高めてきました。しかし、四か国語を共通語とするシンガポールから、多様性の持つ意味やエネルギー、共存の知恵を学ぶ必要があるのかもしれません。

国民の理解を得るには


 日本人は、移民の受け入れによって犯罪率のが上昇し、移民が日本人の職を奪うのではないかという懸念を持っています。しかしながら、日本にとって望ましい移民を選択的に受け入れることができるため、将来日本に貢献してくれる存在とも考えられます。移民をイメージで判断をするのではなく、知識を身に付け、正しい理解をする必要があります。

 

 また、具体的で安心できる仕組みを提示することも大事です。1つ目に、入国管理設計として、「誰を、何人、どの国から受け入れるのか」を明確にする必要があります。2つ目に、移民ソフトランディング(多文化共生)政策が挙げられます。日本では、地方自治体の約40%で多文化共生推進プランへの策定が済んでおり、移民の受け入れ基盤はある程度整っていると言えます。3つ目に、移民に対する新意識の醸成が挙げられます。日本には、移民に対する多くの誤解あり、正しい認識を身に付けることが必要と言えます。

 

最後に、人口減少に対する危機意識をもつことが大切です。人口減少に伴い、高齢化が急激に進む中で、本当に地方創生や女性・高齢者の活用で諸問題を解決することができるのでしょうか。今、移民政策を整えなければ、在住外国人の急増や非合法滞在者の増加によって、将来移民問題を招きかねません。 移民政策には様々な方法がありますが、日本にとって最も必要とされる方法を見極める必要がありそうです。

質疑応答


Q1.移民の受け入れは選抜的に行うことが可能であるということですが、仮に何百万人もの移民を受け入れるとすると、質の低下が問題になると思います。そのような場合、本当に選抜的な移民の受け入れが可能なのでしょうか。

A1.政府は、現在高度人材を受け入れようとしています。しかし、日本語は修得が難しく、企業の給料も他国と比較して高いとは言えないため、2000人ほどしか受け入れられていない現状があります。このように、日本に魅力があるとは言えない中で、今から日本の役に立つ分野に優先的に移民を受け入れる制度を整えた方が良いと考えています。

 

Q2.移民を大量に受け入れると、日本人的なアイデンティティーが失われるのではないでしょうか。

A2.移民一世は海外からやって来る外国人ですが、移民二世は外国と日本の二つの文化を持ち合わせています。アメリカの大企業であるGoogleやAmazonは、移民二世が作った企業であり、移民の人々が素晴らしい能力を発揮していることが分かります。私は、あえて異文化を取り入れることで国内が活性化すると考えています。

 

Q3.移民政策には莫大なお金が必要となり、国民の反対が予想されます。国民の世論を変えることは難しいと思いますが、どのようにお考えでしょうか。

A3.ドイツは昨年90万人の難民を受け入れており、語学習得に数兆円の費用がかかっています。難民と移民の違いは、移民は日本側が望む人材を選抜的に受け入れることができるという点です。移民は将来日本に貢献してくれるため、移民政策による費用は先行投資と考えても良いと思います。

 

Q4.移民を受け入れると、東京一極集中を助長するのではないでしょうか。

A4.カナダでは、国とは異なる州ごとの移民政策があります。例えば、移民を受け入れる代わりに、5年間の定住を義務付ける州もあります。このような施策を取り入れることにより、大都市への一極集中という問題に対処できると考えています。

 

Q5.ヨーロッパでは、多くの移民が移動しており、様々な問題が起きています。移民は社会福祉の手厚いところに移動する傾向があります。仮に移民を受け入れるとすると、どの程度移民の社会保障や権利を保障するのでしょうか。

A5.日本は、過去に日系ブラジル人を受け入れたことがあります。しかし、移民の受け入れに対する明確な方針が無く、日本語教育も施されませんでした。結果として、生活保護を受給する者が多く、高校進学率も6~7割にとどまっています。 移民は、ある程度日本語ができ、日本で働く先のある人々を選抜的に受け入れます。日本人と同じように働くので、日本人と同じ権利を有しており、年金も支払います。

 

Q6.移民は日本に永住する人を指すのでしょうか、それとも、出稼ぎ目的の人を指すのでしょうか。

A6.日本国内では、移民は国に負担をかける人々というイメージがあります。一方海外では、移民は国に貢献してくれる人々というイメージがあります。国連の定義では、12ヵ月以上滞在した者を移民としています。その点、どのようにすれば日本に居続けてもらうことができるかを考える必要があります。アメリカは、移民を受け入れシリコンバレーが発展しました。私は、その国にとって必要な人材となる移民を受け入れて発展していくべきであると考えています。

 

Q7.AIなどの技術革新により生産性を上げることができれば、移民を受け入れる必要はないのではないでしょうか。

A7.外国の人にAIの話をすると、日本人はそこまで移民に排他的なのかという印象を持たれます。私は、高齢者の方々もロボットに世話をされたくないと思っていると考えています。日本では移民に対する悪いイメージが先行していますが、世界では全く異なります。

 

Q8.移民はどのような人を対象とし、どのような国から受け入れるのでしょうか。

A8.日本が発展するには若い人々を受け入れる必要がありますが、アジアで日本の経済力が衰退しているため、日本は若い人々にとって魅力的とは言えません。しかし、フィリピン・ベトナム・マレーシアといった東南アジアの国々であれば、日本に来る人々は沢山いると考えています。とはいえ、一気に100万人もの移民が来るわけではなく、段階的に数千人から数万人という風に増やしていく必要があります。日本は、宗教にとても寛容な国であり、寛容性が全くないわけではありません。考え方を改めて、移民を入れるべきだと考えています。

所感


 毛受氏は、講演の冒頭に「移民の受け入れについて賛成か、反対か。」という質問をされました。結果、サークル員の7割は反対であり、移民を受け入れるべきではないという考えを持っていることが分かりました。日本は島国の単一民族国家であり、心のどこかに外国人に対する抵抗感があるのかもしれません。実際、難民と移民、外国人労働者の違いをきちんと認識している日本人は決して多いとは言い難い現状があります。移民政策を検討する中で、移民に対する正しい知識を身に付けることが必要不可欠であると思いました。 人口減少という一大局面を迎える中で、国際社会での日本のこれからを見据え、日本にとって最も適切な選択とは何かを深く考えていきたいと思います。

 

今回ご講演いただきました毛受様、ありがとうございました。

 

次回は、「日本は毎年20万人の移民を受け入れるべきである。」というテーマのもと、ディベートを行います。

文責:宮寺ひとみ