2014年度 第1回勉強会

メディアにおける事実と真実

楊井 人文 氏(一般社団法人日本報道検証機構理事・弁護士)


 4月25日、日吉キャンパスにて「メディアにおける事実と真実」というテーマのもと、一般社団法人日本報道検証機構理事・弁護士の楊井人文氏をお招きし、勉強会を行いました。


メディアに対する不信感


 最初に、楊井氏はご自身が現在の取り組みを始めたきっかけについてお話された。楊井氏は2002年慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者になられた。楊井氏によると、社会の問題が解決されるプロセスを「問題発見から解決」としたとき、そのプロセスの中でメディアは問題の端緒を社会に広く知らせる機能がある。一方、実際に問題を解決に導く役割を担っているのは実務家である。氏は記者の仕事をしつつも、メディアの状況に問題意識を感じていた。次第に問題を解決する方の立場に就きたいと考えるようになり、実務家である弁護士になったそうだ。 

 

 弁護士になった後も、もともと新聞記者を目指していたこともあり、メディアやジャーナリズムには関心を持ち続けていた。そのような中、東日本大震災や福島原発事故でメディアの情報に対する世間一般の不信感が沸き起こった。それだけでなく、2011年頃には大きな誤報が相次いだ。このようなメディアが直面している問題を、記者であった経験を活かして解決へ導くべく日本報道検証機構を立ち上げたとお話された。


メディアの問題点


 次に、楊井氏は「マスコミ報道に欠けているものは品質管理である」と述べられた。メーカーやサービス業において商品・サービスの品質を管理することは、その企業の盛衰を左右する重要な要素である。万一、欠陥商品やクレームになるようなサービスを提供してしまえば、企業はその問題が発生した原因を究明し、再発防止に努める。また、消費者のニーズに応えられるように商品・サービスの品質を高めていく。このような品質管理はどのような業界にもあるものだが、それがマスコミ業界にだけ存在しないという。


 例えば、一面トップの新聞記事で誤報が判明しても、その訂正記事は新聞記事の隅に小さく載せられるだけである。これに対し、例えばニューヨークタイムズでは訂正記事を載せるためだけのページが設けられていたり、読者が間違いに気づいた際の連絡先が載せてあるなど、品質管理が日本よりも進んでいると楊井氏は述べられた。


日本報道検証機構のミッション


 楊井氏は以上のような状況にある日本のメディアを改善すべく、中立的な立場で事実検証をし、誤報を可視化する活動を始めたという。日本報道検証機構が運営・管理しているマスコミ誤報検証・報道被害救済サイトGoHooの2012年4月から現在までの活動実績は、誤報レポート18本、注意報196本、訂正報道一覧438本の記事を発表している。本報道検証機構は、報道の「是正」と誤報の「防止」を活動ビジョンに掲げている。「是正」とは、誤報の可視化と、誤報に対する反論の場を提供することである。また、「防止」とは報道の新しい規範・評価の基準を作ることである、と楊井氏はお話された。


「メディアのメディア」構想


 楊井氏は今後の活動の目標についてもお話された。今後の目標は、GoHoo自身をメディアとし、様々なメディアの報道を検証するだけでなく、メディアの今後のあるべき姿を体現することだという。また、GoHooがメディアになるために、「エビデンス」「クレディビリティ」「リビジョンヒストリー」の3要素を兼ね備えたものにすることを目指しているとおっしゃった。ここでいうエビデンスとは情報源・証拠を示すことである。クレディビリティとは情報の確実性を示すことである。リビジョンヒストリ-とは情報の修正・追加の履歴を可視化することである。「実は、この3要素を頭に入れるだけでメディアリテラシーの本質が見えてくる」と氏は述べた。


具体的な手法


では実際に、メディアリテラシーの観点から、私達はどのような報道に気を付ければよいのか。楊井氏がいくつかのケースをあげて説明をしてくださった。


・バッシングが過熱した報道

批判するということが目的になってしまい、事実がゆがめられてしまう可能性がある。

・スクープ合戦

なかなか公開されない情報を、十分に裏付けを取らないまま公開するためしばしば誤りが生じる。

・情報源を明示しない報道

情報源が記者であるかのような書き方がされているものや、公式情報なのか非公式情報なのかが不明なものに対しては注意する必要がある。

・事実と意見を切り離されていない報道

記者の意見があたかも事実かのように報道されている。巧妙に書かれているため、判断は困難であると氏は言う。「~の恐れがある。」「~の可能性がある。」「~のようだ。」という表現は記者の主観であると判断すべきである。


質疑応答


Q(学生側).「誤報の基準をどのようにして決めているのか。」

A(楊井氏).「一般読者がある記事を読んで抱く事実認識と、日本報道検証機構が取材調査して得た情報が食い違う場合を誤報としている。この基準はかなり特殊で、普通メディアは名前や日付など確実に間違いであると判断した場合だけ誤報とする。」


Q.「『メディアのメディア』としてではなく、メディアとなる可能性はあるのか。」

A.「それは目指していない。まず、既存のメディアに勝つのはまず不可能。なぜなら、日本の既存のメディアは莫大な資産がある。それに敢えて真っ向から勝負することはせず、守備範囲を狭めて、他のメディアが発信していないカウンター情報を出して存在意義を見出そうとしている。」


Q.「個人はどのようなメディアリテラシーを持つべきか。」

A.「情報と事実は違うということを常に意識しなければならない。情報に対して批判的になり、情報の根拠・源を調べてみることが大切。多様なメディアに触れてみることも大切。全体を捉えたものなのか、部分を切り取ったものなのかということに意識を向けることも大切。しかし、一番大切なのは知ったかぶりにならないこと。」


所感


 中学・高校時代の授業で出てきたであろう「メディアの問題」や「メディアリテラシー」に対してここまで考えさせられ、また、私自身が具体的な行動に移さなければならないという使命感を感じたのは初めてのことでした。近い将来社会に出たとき、誤報を鵜呑みにし、その情報をもとに間違った判断を下してしまえば、身を亡ぼしてしまう可能性もゼロではありません。そのことを強く意識し、メディアリテラシーをしっかり身につけようと思いました。また、自らGoHooを立ち上げ勇猛果敢に問題解決に取り組む楊井氏の姿を脳裏に焼き付け、今度は我々自身が行動を起こすことのできる人材となるべく大学生のうちから準備を始めていく所存です。


今回ご講演いただきました楊井人文様、ありがとうございました。


文責 山﨑光将