2014年度 第8回勉強会

ものづくりとイノベーション

吉田丈治氏(株式会社リバネス専務取締役CIO)


 12月12日、日吉キャンパスにて株式会社リバネス専務取締役CIO吉田丈治氏をお招きし、「ものづくりとイノベーション」というテーマのもと、勉強会を行いました。


来るべくして来た「凋落」


 はじめに吉田氏は、「ものづくり産業の復興」がとかく喧伝されている現状に触れて、「復興は本当に必要なのか?」と私たちに問われた。


 まず氏が指摘したのは、墨田区の製造業者についての調査から明らかになったことであった。日本のものづくりの主役となってきた中小企業は、現在厳しい状況に立たされており、東京都、特に墨田区内の事業所数はここ20年で実に三分の一にまで減少している。この傾向が続けば、あと20年以内に区内の事業所数がゼロになることを受けて、行政はリバネス社に調査を依頼したそうだ。 調査の結果、区内の事業者は大半が高齢者であり60歳を過ぎても働くこと、後継者がいる事業所は3割に留まることなどが明らかになった。


 だが、驚くべきことに、後継者を持たない事業所の7割が「たとえ事業の引受け手が現れても、継がせる気はない」という意志を持っているのだそうだ。 若者があまり志望しない職人の世界は、人材の流動性が極めて低く、そのためビジネスモデルが高度成長時代から変化していない事業所も多い。そのような事業者たちは、時代と合致していない事業体制を引き継がせるよりも、自分たちの代で手仕舞いにすることの方を望むと言う。 つまり、声高に叫ばれている「ものづくりの凋落」とは、20世紀に立ち上がった事業が寿命を迎えたことに他ならない。そして、それは取りも直さず新時代の幕開けを象徴しているのである。


イノベーションを「殺す」組織構造


 それでは新時代を牽引する事業とはどのようなものなのだろうか。吉田氏は、「イノベーション」を基軸に説明された。 


 イノベーションとは、「変革を起こす」「今までに無かったものを創る」「新たな市場を開拓する」ということを意味する。創業当時から様々に事業展開してきたリバネス社は、最近とくに大企業から、「どうすればイノベーションを生み出せる組織になれるのか」という相談を受けるそうだ。だが、リバネス社がイノベーションを意識したことはあまり無く、社員のやりたいことを自由にやらせていたら、事業が次々と立ち上がっていったのが実際だ、と吉田氏は述べられた。 


 では、逆になぜイノベーションの起きない組織があるのだろうか。実際、イノベーションの不足している組織でも、社員たちが優れたアイデアを持っていることはある。しかし、組織内の部署ごとに権限が限定されていると、社員の行動様式も限定的なものになってしまう。その結果、「アイデアをどう実現すればいいのか全く分からない」といった状況になってしまうのだそうだ。つまり、この問題は組織構造に起因するのである。


イノベーションの条件


 こういった事態を解決するには、組織構造に変革を組み込むこと、そして発想を縛らないことが重要だという。実際、創業時のリバネス社は「バイオ教育のリバネス」を社のスローガンとしていたが、当時の吉田氏は事業に行き詰まりを感じていた。しかし、社のビジョンを「最先端科学のリバネス」に変更し、業務内容を拡大したことで、「バイオ」や「教育」に縛られていたビジネスの発想が、爆発的に拡大していくことを感じたと言う。 


 現在のリバネス社の理念は「科学技術の発展と地球貢献を実現」であり、創業当時は実験教室のみであった事業も、今ではフリーペーパー発行、植物工場、テックプラングランプリなど、多岐に渡って展開されるようになっている。社内の人材もそれに呼応するかのように多様化していき、その全員が、上述のビジョンを共有しているそうだ。更には、社員の仕事を「ルーチンワーク(現在の能力で十分達成できる仕事)」、「トレーニングワーク(自分の能力を高める仕事)」、「チャレンジワーク(前例のない仕事)」の3段階に分けて定義し、これらをバランスよくこなさせる、事業部ごとに独立採算制を採る、といったシステムによって社員の主体性を高め、行動様式が限定されないようにしているとのことだ。


QPMIサイクル


 ここで、吉田氏は再び「なぜ日本の大企業はイノベーションを生み出せないのか」という問題に立ち返られた。 現在、日本企業の多くがPlan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act(改善)の4段階を繰り返す「PDCAサイクル」に則って業務を進めている。このシステムは、既存のモノを改善する際には有効だが、イノベーションを生むことには向いていないと吉田氏は言う。


 そこで力を発揮するのが、「QPMIサイクル」と呼ばれるシステムだそうだ。このサイクルは次のようなステップから成り立っている。


Question:課題の発見

Passion:課題解決に熱意を抱く

Mission:課題をミッションと捉え、チームをつくって取り組む

Innovation:イノベーションが生まれる 


 たとえばリバネス社の場合、創業メンバーのQuestionは「自分たちが楽しんでいる科学が子供に敬遠されている」こと、Passionは「理科離れが悔しい」という思いだったそうだ。そこから「科学の最先端の成果を届ける実験教室」という事業が生まれたのである。 


 また、他の企業に目を向けてみれば、ユーグレナ社の「ミドリムシの力で食糧問題とエネルギー問題を解決したい」、ジーンクエスト社の「ゲノム解析を当たり前のものにしたい」、オリィ研究所の「コミュニケーションロボットによって入院中の子供を幸せにしたい」といった想いが各々のQuestionとPassionに該当するだろう。いずれにも共通するのは、誰か一人が見出した課題(Question)と熱(Passion)が幸運にもMissionとなって上手く回りだしたとき、イノベーションにつながっていく、という構図である。


知のプラットフォーム


 これまでの仕事は、文字通り「事に仕える」という側面の大きい、単純生産的なものであった。だが、これからの時代の仕事には、「事を仕掛けていく」という要素が重要になるそうだ。単純作業がロボット等によって代行可能となった今の時代に求められているのは、自ら知識を集め、新たな仕組みや知を生み出し、自ら実装するという「知識製造業」なのである。 


 ここで言う「知識」とは、「単に知っていること」ではなく、「行動の結果として生まれるもの」を指している。その「知識」を織り合わせていくことで「知のプラットフォーム」を形成し、価値を高めていくことが今後は極めて有効になっていくだろう。一個人のカバーし得る知識の範囲には限度があるため、知識を組み合わせて得られるイノベーションも自ずと限定的になってしまう。そこで、このプラットフォームに積極的に他者を位置づけて、より創造性の高いアイデアの組み合わせを実現していく「集合知」をリバネス社は構想している。 


 だが、この集合知は探求を続けていかなければ決して拡がることはない。より豊かなプラットフォームを手に入れるためにも、自らにQuestionとPassionを問い続けること、そしてインプットのみの勉強だけでなく、アウトプットとして色々な事を試していくことをアドバイスして、吉田氏は講演を締めくくられた。


所感


 QPMIサイクルを実践するに留まらず、QuestionとPassionを持つ者をネットワークに位置づけることで、より多様で加速的なイノベーションを実現する集合知を構築する。この「知のプラットフォーム」構想が非常に衝撃的でした。クックパッドやウィキペディアといった集合知が大きな影響を及ぼしたように、リバネス社のプラットフォームも今後科学界に変革をもたらすのかもしれません。このような集合知の一部を担い、多様なアイデアの組み合わせの中でQPMIサイクルを回し、プラットフォームを拡充していきたい、と感じました。 


今回ご講演いただきました吉田丈治様、ありがとうございました。


文責:東恩納 麻州