2014年度 第6回事前学習

ものづくりとイノベーション


12月5日、日吉キャンパスにて第6回事前学習が行われました。

これから3週間かけて学ぶテーマは「ものづくりとイノベーション」です。

今回は2年生の岸本と宮村によるファシリテーション形式で、本テーマについて日本の現状と今後の展望を考察しました。

以下はその内容です。


ものづくり産業とは


 最近ニュースや新聞などで目にする機会の多い「ものづくり」。ともすれば製造業と同視されがちなこの言葉ですが、この言葉には単なる「製造業」の意味を超えた、日本的な精神性や歴史を表象する意図が込められています。「ものづくり」とは、基本的には製造業やそこで使われる技術、人々のことを指しますが、特に職人などの手による高度な製造の場合に多く用いられる言葉です。

 

 また、大和言葉での表記であることからも推察することができるように、「ものづくり」には日本における製造業の歴史性を強調する意図が込められています。日本では19世紀半ばの開国後、欧米の技術を取り入れて近代的な製造業が開始されました。しかしそれ以前にも日本は高いレベルの手工業技術、文化水準を誇っており、日本の製造業は欧米からの技術の輸入だけでなく、古来から綿々と受け継がれてきた日本の伝統技術の上に成り立つものであるといえます。そういった意識が「ものづくり」という言葉に表れているのです。


貿易立国の凋落


 様々なテーマと関連付けられ論じられてきた「日本経済の衰退」ですが、ものづくり産業も例外ではありません。名目GDPの国際ランキングを見ると、1980年台~2000年代はアメリカに次ぐ2位を維持してきましたが、2010年に中国にその座を譲り、現在は3位となっています。


 より明らかに日本経済の停滞の様子を表しているのが次の指標です。一人当たりGDPは1994年には3位だったものが2014年には24位にまで下落、世界GDPに占めるシェアは1990年の18%から2013年には6%に下落、IMD国際競争力は1994年の3位から2014年には21位に下落しました。1991年のバブル崩壊後の「失われた20年」に、日本経済が停滞していった様子が様々な指標から見て取れます。


 経済収支の悪化も深刻です。2013年度の経済収支は3.3兆円の黒字(=貿易収支▲10.6兆円+サービス収支▲1.6兆円+所得収支16.5兆円+経常移転収支▲1.0兆円)となり、貿易収支が過去最大の赤字を記録したことが世間の注目を集めました。リーマンショックが起こった2008年を除き、貿易収支は黒字を記録し続けていましたが、2011年を機に赤字に転じ、以来赤字傾向は続いています。所得収支の黒字額は増加傾向にありますが、貿易赤字の拡大を埋めるには至らず、結果として2013年度経常収支の黒字額は過去最小の3.3兆円となりました。過去にはメイドインジャパン製品の輸出により貿易立国として名を馳せた日本に、近年は凋落の兆しが見て取れます。


 財務省や日本貿易会の調査によると、2014、2015年度も貿易赤字は継続する見通しです。では、なぜこのような傾向が見られるのでしょうか。日本が近年貿易赤字に苦しむようになった背景について、メンバー間でディスカッションを行いました。活発な議論が行われ、以下のような様々な意見が出ました。


・日本は資源に乏しく、燃料等を諸外国から輸入する必要がある。

・日本の製品への国際的なニーズが下がっている。

・他国が輸出を増加させているため、日本の競争力が相対的に下落している。

・外国への工場移転が積極的に行われているため、輸入・輸出の額面のみを見ると赤字になる。

・コピー商品の品質が向上し、品質の良さという点で他国製品と日本製品の差別化を図ることが困難になっている。


 経済産業省製造産業局によれば、貿易赤字の主な要因は2つあります。


1.原発停止による燃料輸入の増大

2011年の東日本大震災の影響で日本の原発が停止し、それに伴い火力発電所の電力需要が増大しました。その結果として火力発電所用の液化天然ガス等の輸入が増加し、収支赤字の一要因となっています。

2.エレクトロニクス産業等の輸出力の低下

2013年度67兆円を計上した輸出額のうち90%以上を占めるのが製造業となっており、製造業は日本の輸出産業の要であると言えます。しかし近年は日本のものづくり産業が他国企業に競争力で劣り、それが輸出額の低下、延いては日本経済の縮小につ

ながっているのです。


各産業別の輸出動向


・輸送用機器産業(自動車等)

広範な関連産業を持ち、日本の経済・雇用を支える産業である輸送用機器産業。貿易収支は黒字を維持していますが、輸出数量の面では近年伸びの鈍さが目立っています。為替水準の安定と輸出先景気が今後の輸出動向の鍵となるといえます。


・エレクトロニクス産業(電子機器産業)

自動車産業と並んで日本のものづくりの象徴であった電子機器産業。1990年ごろまでは他国の追随を許さなかった日本の電子機器産業ですが、近年ではその低迷が目立っています。電子機器産業の国内生産金額は2000年にピークの約26兆円を記録しましたが、その後減少を続け、2013年には11兆円にまで縮小しました。また、同年の貿易収支は輸出の減少と同時に輸入が増加したことで赤字に転じています。かつてはSONY、Panasonic、SHARP、日立、東芝など名だたる日本電子機器メーカーの製品が世界中で飛ぶように売れ、毎年10兆円近い貿易黒字を計上していました。しかし近年では売り上げの不振が続き、製品の販売中止や部門の縮小などが相次いでいます。今や、日本の電子機器産業は見る影もないほどに凋落したのです。


明暗の分かれた二大産業


 自動車産業と電子機器産業の貿易収支の推移を比較すると、2000年まではほぼ同様の推移傾向が見られますが、2000年を契機に、維持傾向の自動車産業と減少を続ける電子機器産業の間で貿易収支額に大きな差が開いています。では、自動車産業と電子機器産業で明暗の分かれた背景には何があったのでしょうか。


 PlayStation、ウォークマンなど私たちの生活を豊かにする製品を多く生み出し、時代の寵児とも言われたSONYの盛衰から日本の電子機器産業の凋落の背景が見て取れます。2000年前後を振り返ると、当時のSONY社長出井伸之氏はカリスマ性のある経営者として、SONY並びにエレクトロニクス界を代表する顔でした。しかし薄型TVへの舵取りが遅れたことで競合他社に劣後し、携帯型音楽プレーヤーの領域では新参者のApple社に完敗しました。また、SONYを含め日本の電子機器産業はロボット市場でも芳しい結果を残せませんでした。技術の進歩によりロボットは歩行やコミュニケーションが可能となり、ホンダのASIMOやSONYのAIBOなど様々なエンターテインメントとしてのロボット開発、販売が行われました。しかしロボットが人間の生活を変えるところまで進化するのには時期尚早であり、結果的にこのようなロボットは市場を築くには至りませんでした。


 2000年前後の電子機器産業の変化は、PCの変遷にも表れています。当時は高価で購買層も限られていたPCも性能、価格ともに改良され、世界に広く普及するようになりました。しかし技術革新の中でスマートフォンやタブレット型端末等の製品が登場、業務や日常生活の中で利用するハードウェアのその他端末への移行が進みました。時期を同じくしてIT業界の一時代を築いたMicrosoft社のBill Gates、Intel社のGordon Moore氏とAndy Grove氏が退陣。現在はポストPCの時代とも言われています。このようなPCからデジタル家電への時代の変遷はApple社の代表商品i Podのヒットとも一致しています。Apple社から2001年に発表されたi Podは、家電の域を超えた多機能性やデザイン性から世界の音楽プレーヤー市場を席巻しました。競争の激しいデジタル家電市場において市場の独占は難しいとされる中で、時として50%を越える高いシェアを維持し続けています。


 このように、21世紀に入り電子機器産業には様々な変革が起こりました。しかし日本企業はロボット事業の不振、デジタル家電市場への舵取りの遅れなど、様々な要因を背景として世界市場の中で衰退の一途をたどったのです。


イノベーションの源泉


 世界の企業に劣後した日本の電子機器産業には、イノベーションが不足していたと世間では言われます。イノベーションとは物事の新結合、新機軸、新しい切り口、新しい捉え方、新しい活用を創造する行為のこと。つまり、それまでのモノ・仕組みなどに対して全く新しい技術や考え方を取り入れ、新たな価値を生み出して社会的に大きな変化を起こすことを指します。イノベーションの成功事例として代表的な企業がApple社です。コンピューターメーカーとして「Macintosh」ブランドを確立するに留まらず、音楽そのものを流通させるプラットフォームi Tunesの構築、様々なコンテンツを統合したi Phoneの開発など、既存の概念を根底から覆す斬新なアイデアで私たちの生活に変革を起こし続けてきました。


 イノベーションの発生要件については、有用性(人々にとって合理的で役に立つか)、経済的実現性(持続可能なビジネスモデルになるか)、技術的実現性(近い将来的に技術的な実現性があるか)の3要件を満たすこと、大学教育、職場環境、研究開発費、企業の国際競争力など様々なポイントが存在し、要件を一概に特定することは不可能です。しかしそれぞれが複合的に絡み合った時にイノベーションが起こることは確かなのではないでしょうか。そういった要件が不足していたことが、21世紀以降の日本電子機器産業でのイノベーションの不在、延いては産業の衰退につながったとも考えられます。


「Japan as No.1」の亡失


 日本の製造業が世界市場を席巻していた1980年代、Made in Japan商品は世界に誇る基軸とされ、終身雇用や年功序列、新卒一斉採用などの日本的経営は世界中で注目を集めました。日本経済の黄金期を表す「Japan as No.1」という言葉はその象徴としてしばしば用いられます。しかし21世紀以降日本産業は衰退期に突入し、旧来の日本的経営は見直しを迫られています。これからの時代を生き抜くイノベーティブな企業組織作りは日本の企業でも徐々に行われており、たとえばSONYでは新卒採用の約半数は外国人を採用するなど、革新的な取り組みが進められています。何が日本企業のイノベーションを阻害しているのか、どのような経営方法がイノベーションにつながるのか、日本企業は打開策を模索している段階ですが、日本旧来の企業経営が転換期を迎えていることは間違いないと言えるでしょう。


生産性と創造性


 仕事に関する話題でよく引き合いに出されるのが生産性と創造性の議論です。仕事をする上では、まず仕事の段取りを上手くし、短い時間で仕事を処理する生産性が求められます。ここではインプットを少なくし、アウトプットを効率よく行うことが重視されます。


 その一方で、企画やデザインに関連する仕事では創造性が求められます。この場合は生産性が求められた時とは異なり、定型的な一定の質を求められているのではなく、アウトプットの最大化を求められます。毎日定時にダイヤを運行する一方で事業環境の変化への対応も求められる鉄道会社の例に顕著に表れているように、企業全体としてはこの二大重要要素を兼ね備えている状態が理想であり、それは個人にも求められています。


 しかしこの2つは相反する存在であることも確かです。数値化・計画策定が可能な生産性と、数値化・計画策定がしにくい創造性の追求には、一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないというジレンマが付き纏います。現代社会のグローバル競争を生き抜くためにはこのジレンマを解消することが不可欠です。創造性、イノベーションに欠けると言われる日本企業が、生産性と創造性を併せ持ち、グローバル社会で活躍する企業に成長する糸口はどこにあるのでしょうか。


総括


 技術革新により急速に便利に、豊かになっている現代の生活の中で、新たな価値を生み出すことは並大抵のことではありません。また、情報化社会の発展により個人のニーズは多様化し、市場の動向はより複雑になっています。このような社会の中で、イノベーティブな企業の代表例であるApple社はi Podというハードウェア開発に加え、i Tunesというシステムを組み合わせて提供したことで空前の成功を収めました。


 また、MacのPCやi Phoneは性能も然ることながら、そのデザイン性、ブランド性を武器に世界中の人々のライフスタイルに入り込みました。このように「ものづくり」「製造業」の言葉に囚われることなく、物質的価値を超えた付加価値を生み出すこと、日本製品の強みである職人の「ものづくり」に対するこだわりや日本古来の伝統、文化を生かしつつ、更にグローバル市場において新たな需要を創造すること、この姿勢が日本企業に足りないものの1つではないかと思いました。

 

文責:矢部麻里菜